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宇都宮地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決

原告 加藤恭平

被告 農林大臣

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一、原告は「原告が昭和三五年四月一三日被告に対してした栃木県塩谷郡高根沢町大字太田字山神一、四一七番原野三反六畝一歩(以下本件土地という。)の売払申請について、被告が何ら処分しないことの違法であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」の判決を求めた。

二、被告は、本案前の申立として主文と同趣旨の判決を求め、本案の申立として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告の請求原因)

一、本件土地は、もと原告の所有であり、先祖代々植林して来た杉檜の山林であつた。栃木県知事は、昭和二二年七月一日、自作農創設特別措置法第三〇条に基づき、他の数十筆の土地ともに、本件土地につき、原告の亡父加藤正信名義に対して、買収処分をし現在被告がこれを管理している。

二、右買収土地のうち本件土地以外の部分は逐次売渡され開墾されたが、本件土地については、いまだ土地配分計画が立てられず、未開墾のまま荒れ果てた原野として放置されている。

三、本件土地に対する右のような措置は買収目的と農業政策の理想に反するものであるから、原告は、昭和三五年四月一三日付の書面で被告に対して、農地法第八〇条に基づく本件土地の売払申請をしたところ、被告はこれに対し何らの処分をしない。

四、よつて、被告の右不作為が違法であることの確認を求める。

(被告の本案前の主張)

原告は、被告に対し昭和三五年四月一三日付で本件土地につき「農地法第八〇条の規定による売払手続について」と題する書面を提出しているが、右書面は単なる陳情書に過ぎない。従つて、被告が右陳情に応答しないからといつて、何ら違法はなく、本件訴は却下されるべきである。

(本案に対する被告の答弁)

一、請求原因第一項中、本件土地が先祖代々植林して来た杉檜の山林であつたことは知らないが、その余の事実は認める。同第二、三項は争う。

二、仮に原告主張の書面が農地法第八〇条に基づく売払申請であり、被告がこれに応答すべき義務があるとしても、被告は、昭和三八年七月二〇日付で原告に対して、右申請を却下する旨の処分をした。従つて、原告の請求は理由がない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

昭和二二年七月一日原告所有の本件土地について自作農創設特別措置法第三〇条に基づく買収処分が行われ、現在被告がこれを管理していることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証によれば、原告は、昭和三五年四月一三日付で被告に対して「農地法第八〇条の規定による売払手続について」と題する書面を提出している事実が認められる。

被告は、右書面が単なる陳情書に過ぎないと主張し、右甲号証によると、右書面の冒頭には「陳情書」と明記され、その文中にも「陳情いたします」の文言が認められる。しかし、他の個所を見ると、原告がその末尾記載の土地(なお、表示上は明らかでないが、本件土地が右土地の一部に含まれることは、弁論の全趣旨により被告の争わないところと認める。)の被買収者であること及び右土地の現況等が記載され、さらに、農地法第八〇条第一項、同法施行令第一六条第一号の規定を挙げて、右土地を原告に売戻されたい旨が記載されていることが認められるのであつて、これに前掲表題並びに農地法第八〇条第一項の認定及び売払申請の方式については格別の規定がないことを参酌すると、右書面の表意者である原告の意思は、他に反対に解すべき事情の認められない以上、その陳情的文言にもかかわらず、行政機関に対して、単に希望を開陳したというものではなく、所論の法令に基づく申請をする趣旨であつたと解するのが相当である。従つて、原告は、昭和三五年四月一三日付で被告に対して、本件土地につき農地法第八〇条第一項の売払申請をしたものと認められる。

そして、農地法第八〇条の解釈上被買収者は右売払申請権を有するものと解せられるから、原告の右売払申請は法令に基づく申請にあたり、行政庁たる被告はこれに対して何らかの応答をすべき義務がある。

ところで、成立に争いのない乙第一号証によれば、被告の補助機関である関東農政局長は、昭和三八年七月二〇日付で原告に対して、前記書面による陳情については希望にそいかねる旨の通告をしていることが認められ、これによれば、被告は原告の右売払申請を拒否する旨の処分をしたものと解することを妨げない。そうすると、原告の右売払申請に対する被告の不作為の状態はすでに解消したことになり、原告の請求は訴の利益を失つたものといわなければならない。

よつて、本件訴は不適法であるからこれを却下し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻)

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